ベートーヴェン : 交響曲第5番ハ短調<運命>
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人気ランキング : 5,698位
定価 : ¥ 2,039
販売元 : ユニバーサルクラシック
発売日 : 1997-08-06 |
価格:¥ 1,734
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音楽の偉大さ、人間の偉大さを証明する、これはひとつの奇跡である。いったい何十回、この世紀の名演奏を飽きもせず繰り返し聴いて、肺腑(はいふ)をえぐられるような感動に打ちのめされ、大粒の涙を流したことだろう! どんな雄弁な言葉も、この偉大な演奏の前にはまったくの無力である。あらゆる言葉をつくしても言い足りない。生まれてきて良かった。そして、フルトヴェングラーのこの演奏に出会うことができて、本当に良かった。それ以外の何が言えようか。ただ一つだけ言えることは、この奇跡の記録を、いい加減な流し聴きでかけてはならないということだ。できれば、他のことは何もしないで、音楽のことだけを考えて、ぜひともスピーカーから流れてくる音に集中してほしい。 「運命」と「エグモント」序曲は、フルトヴェングラーが戦後初めて再びベルリンで指揮をした復帰コンサートの第3日目にあたる1947年5月27日の歴史的ライヴ録音。連合軍に破壊され尽くし、衣食住にもこと欠く廃墟のベルリンにあって、人々はこのコンサートの切符を買うために、大切にしていた靴や嗜好品さえも手放し、何日も行列に並んだという。舞台にフルトヴェングラーが現れると、人々は立ち上がって拍手し、狂気にかられたように大声で叫んだと伝えられる。 半世紀を経た今でも、噴火するマグマのように熱く、燃えに燃えたこの奇跡の演奏記録は生々しく、私たちの人生を変えてしまうほどの衝撃的な「力」を秘めている。まさにクラシック音楽すべての頂点に輝きわたるであろう、永遠不滅の名盤なのである。 弦楽合奏版「大フーガ」は1952年2月10日のライヴ。ベートーヴェン晩年の心境を象徴する、難解な哲学にも似た作品だ。ベートーヴェンの神秘的で力強い言葉が幾重にも折り重なっていくような不思議な迫力は、フルトヴェングラー以外の何者にも成しえない思索的な世界である。(林田直樹)
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私はクラッシックは不案内なのですが、これは魂の演奏です。凄かった。出会えて本当にラッキーです。これを聴いたあと、有名どころの第五を二枚入手して聴きましたが(それぞれの良さはあると思うのですが)、このフルベンさんの演奏は別物だと感じました。特に第4楽章はもう圧巻! みんなに教えてあげたいと思いました。
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「決定盤」・・・・もはや至るところで使い果たされた言葉にも思える。しかし、私はやはりもう一度、ここでその言葉を使わなくてはならないようだ。というよりもむしろ、フルトヴェングラーのこの究極の演奏が、私にそう言わせると言ったほうが正しい。本作を聴くたびに、そんなありふれた「決定盤」なんていう言葉など言うまいと固く閉じているこの私の口を、途方もないパワーでこじ開けるモノ。少なくとも私には、そして多くのクラシックファンにとってもまた、これは正にそういうモノなのだ。
1947年5月25日。連合軍から無罪の判決を勝ち取ったフルトヴェングラーが、遂に市民たちの前に姿をあらわした歴史的な日である。そして本作に収録されている音源は、その翌々日に演奏されたプログラム!らのもの、というわけである(『大フーガ』のみ異なる)。
交響曲第五番。『運命』としてあまりにも有名なこの曲がこのような「音質」で残っていたということに、まず私たち人類は感謝するべきであろう。もちろん、最新の機器でレコーディングされた他の指揮者の『運命』と比べれば、いわゆる「音抜け」という点では相当劣るであろう。だが、私の意味する「音質」には、いわば「音楽質」が含まれているということを理解して頂きたい。このテンポの大幅な揺れ、これはまさしく「このフルトヴェングラーの指揮するところの演奏」という巨大な建物が、それだけ信じられないくらいに強固なものだからこそ耐え得る性質の揺れであって、単に「テンポの揺れが激しい」というような、ともするとありがちな物とは全く!次元を異にする。この音圧、この圧倒的な表現力! この音圧、表現力という意味では、カップリングされている『エグモント』『大フーガ』にも共通する、誠に偉大な特徴であると言える。誰にでもできる芸当では決してない。それだけは断言できる。『エグモント』はもう最初の和音からして究極的な響きをしているし、あの「ただのしかめっ面」(と個人的には思ってきた)の『大フーガ』を、ここまで格調高く、と同時に、ここまで人間らしく響かせる演奏を、私は他に知らない。・・・・そんな私が今、間違いなく知っていること。それは、あらゆる音楽CDの中でも、本作は超ド級の大名盤であるということ。そして、いわゆる「バイロイトの第九」と比べてみても、全く見劣りしない凄まじさを有しているということである。
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これからの文章は純粋な音楽についての考察にはなり得ませんが、同感なさる方がいると信じ、敢えて書かせて頂きます。
皆さんはこの超有名曲に何を求めますか?
音楽としての流麗さを求める方はこのCDではなく他の名盤をお買いになった方が良いでしょう。カルロス・クライバー(これは単なる流麗さでは片付けられない素晴らしい演奏ですが)、カラヤン、小澤征爾…。
もし、貴方がベートーヴェンの叫び、苦悩と歓喜を聴きたいなら是非このCDを買うべきだと思います。そしてフルトヴェングラーについて知ることによって、これらの感情はベートーヴェンとフルトヴェングラー、両者の渾然一体化したものであること、更にこのCDが単に優秀な演奏に留まらず、もはや再現不可能ではないかと思わせる物で!あることが理解頂けると思います。
クラシック演奏の再現性を否定する愚かさは重々承知していますが、敢えてその愚かな事を完全に肯定してしまいたい…。そんな気持ちにさせてくれるCDです。
ちなみに、この演奏(1947年5月27日)の二日前、正真正銘復帰初日(5月25日)の演奏も他の会社から出ていますが、そちらの方も凄いです。
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1947年のライブ録音。フルトヴェングラーの第五は、個人的にはフィナーレがあまり明るくならないのが残念であると思うが、この演奏はフィナーレどころか全体的にかなり明るい。戦時中の43年録音など第一楽章はもう死にたくなるほどの暗さであるが、この日の演奏はなぜか明るい(難癖をつけるとすればここが欠点だが)。これはベルリンフィルハーモニーのメンバーたちが、フルトヴェングラーとの再会を待ち望んでいたからだろうと思う。これほどまでにベルリンフィルが自発的な、歓喜に満ちた演奏をしたのは聞いたことがないし、聞いていてここまでうれしくなる演奏に出会ったのも初めてである。全編にわたって、フルトヴェングラーといっしょに演奏できる喜びが充満している。この日の劇的な演奏は、聴衆にとっての運命交響曲であるだけでなく、楽団員たちにとっての運命交響曲でもあった。
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凄まじい演奏・・・。聞き飽きたはずの陳腐にさえなった「運命の動機:ジャジャジャジャーン」が、ヒリヒリとする感動で叩き付けられる。全楽器が思いっ切り弾ききっている。ホルンは割れる寸前、ティンパニは破れんばかりだ。オケは揃っていない。だからこそ迫真性と緊張が生まれる。フルヴェンだけが成し得た芸術。苦悩の第一楽章から歓喜の最終楽章へと、魂が浄化されるようだ。戦後のベルリン復帰の演奏会でよくぞ・・・、いや、復帰演奏会だからこそだったというべきか。指揮者にもオケにも喜びと力が漲っている。演奏後には聴衆の割れんばかりの拍手が延々と続いたそうだ。ただ、残念なことにこの盤は音質が改悪になってしまっている。