ベートーヴェン:荘厳ミサ曲
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人気ランキング : 4,572位
定価 : ¥ 1,700
販売元 : 東芝EMI
発売日 : 2002-03-06 |
価格:¥ 1,530
納期:通常24時間以内に発送 |
ベートーヴェンのこの壮大な宗教曲は、キリスト教のカトリック通常文によるミサ曲としてバッハの「ロ短調ミサ」と双璧をなすといわれるとともに、音楽史上の至宝としてキリスト者以外からも幅広い支持を得る不滅の声楽曲として名をはせている。
ここに紹介するクレンペラーの演奏は、録音こそ古いものだが(1965年)、ベートーヴェン自身が最大の評価をしていたというこの楽曲の威容と、指揮者の力量の双方をあますところなく伝える世紀の名演奏である。オーケストラは楽曲の壮大さにのみこまれることなく荘重なメロディーを朗々と鳴らす。この音はドイツでも、オーストリアでもない、まぎれもなくイギリス的ないぶし銀の響きであり、荘厳でありながらも決して重々しく沈むことがない。
また、合唱の精麗さにも特筆すべきものがあり、美しく澄んだ秋の空のように新鮮な残響が明滅する。宗教曲はちょっと…という向きにもぜひおすすめしたいタイトルである。(奈良与志雄)
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クレンペラーは楽譜にある音を一つ一つ、彼の考える「正しい時空間」に置いていくことで音楽を組み立てる指揮者だと理解している。それは、「正しいことを貫けば、必ず正しい結果が出る」という、ほとんど幻想に近いような、頑固である意味究極のロマンティシズムに根差した考え方に基づいているように思う。
ベートーヴェンがほとんど耳の聞こえない状態で、ほぼ頭の中だけで組み立てた巨大な音楽たちは、そうしたクレンペラーの方法論とやけに相性が良い。各パートがはっきりと聞こえ、厳格なテンポで音楽は進んでいくが、そのことによって味も素っ気もないものが出来上がるというわけでもない。
例えば、ベートーヴェンが書いた最も魅力的な旋律であると個人的に考えている「ベネディクトゥス」は、この演奏のように心を込めながらも平明に奏することで、むしろ崇高なたたずまいを獲得する。「流れ」や「美しい部分」や「感情」に左右されずに、すべてのものごとを進めていくことで、とてつもなく巨大な音の構造物として、音楽は鳴り響く。
こういう音楽家がかつて存在したことに感謝したい。
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クレンペラーのテンポは遅いとよく言われるが、全体の演奏時間を比べてみると、カラヤン盤よりもクレンペラー盤の方が演奏時間が短い。アーノンクール盤やヘレヴェッヘ盤など最近の古楽器による演奏のものと比べても大した時間の差は無いのだ(ガーディナー盤は異様に早いが)。それなのに、クレンペラーの演奏のゆったりとした流れと圧倒的な存在感は際立っている。一部の隙も無駄も無い骨太な響きの中から一途でひたむきな祈りの言葉が聞こえ、聴く者を静かに優しく包み込んでくれる。
合唱の精緻さや透明感溢れる響きを求めるなら古楽器による録音のものの方が優れているだろう。ソリストのオペラティックな歌い方にも古さを感じる人も居るだろう。しかし、そこから伝わってくる感動の大きさの前には、演奏スタイルがどうとかいうことは問題ではなくなってしまうのだ。
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昔から思う事だがクレンペラーは実に不思議な指揮者だ。
彼は振る曲によっては無類の天才を実感させたり、逆に時として凡人以下だったりする事もしばしば。(熱狂的なファンの方々にはお許しを乞いたい)
この「ミサ・ソレムニス」は長らく一般的にも人気を博して来たもので、クレンペラーの魅力が全面的に感じられる素晴らしい演奏である。
今回のartリマスター化より更に音が明瞭になり、一層魅力が増したのは嬉しい限りだ。
肝心な演奏内容は長大深遠なこの曲から一切の虚飾を廃し、かと云って決して退屈させる事無く聴かせてしまう不思議な底力を秘めている。本来そう云った演奏は稀である。
宗教曲の録音にありがちな響きだけを第一に優先させる様な常套手段をとっていないところにも好感が持て、寧ろ全編が交響曲的ですらある。
カラヤンなど冒頭から大上段に構え一見絢爛豪華な演奏でありながら途中で眠くなってしまうのは何故だろうかと思っていた。また私自身も以前この曲を合唱で歌った際、指揮者の方には本当に申し訳無かったがステージ上で不覚にも寝入りそうになった事もあった。
今回久しぶりにこの演奏を聴き直してみて漸くその答えを発見した。
ここでは一音一音に表情があり、ある意味では「宗教曲の衣を纏った一大交響絵巻」=そんな事を実感させるほど内容主義に徹した素晴らしい演奏だ。これ程ゆったりとしたテンポが全編を支配しているにも拘わらず、余りに素敵で寝ている暇すら無い。
クメントをはじめ独唱陣も秀逸で、巨匠の地に足が付いた圧倒的な解釈を見事に表出していて見事。
ところで話は横道に逸れて恐縮だが、一連のartリマスターシリーズの中には正直少々がっかりさせられた物もある。フルトヴェングラーの「第9」がその例で、これなどは以前の国内リマスターの方が遥かに明瞭だった気がして残念だ。演奏自体が余りに素晴らしく、期待が大き過ぎるのかも知れないが。
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〜これを聴くと,作曲家が作った曲は演奏家によって音楽になるのだということを実感させられる.
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曲は気負いもなく自然に始まる.が,ほどなく音楽が耳を,体をいっぱいにしてしまう.合唱と四重唱が交互に現れて音の流れを作り,管楽器が音というより響きでゆったりとリズムを刻む.これぞベートーベンの作るシンフォニックな音の魅力なのだ.四重唱の歌手は名手ぞろいで,それぞれの魅力はもちろん,重唱としてのまとまりは抜群だし,支えるオーケストラ〜〜の重みも心地よい.主観におぼれることなく,かといって冷徹な客観主義でもなく,自然で壮大な演奏だ.ハイリゲンシュタットの森で散歩しながら,ベートーベンの頭の中に生まれた音と同じだ.個々の音でなく,音楽そのものに消化されてしまった音.これほどベートーベンをわかっている指揮者はほかにいるだろうか.
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第九と同じ頃作曲されたこの曲は,それぞれベートーベン最後の大曲だか,むしろ2つ組にしてみたい.第九では,それぞれの楽章に1つずつのテーマを与え,単純な構成のモノフォニックな作りとした上に,メロディーも万人にわかりやすいものとなっている.それに対して,この曲では珠玉の旋律が随所に現れ,ポリフォニックないわばプロっぽい作りになっている〜〜.あたかもベートーベンは2つの曲を用意することによって,書きたい音楽の部分をすべて盛り込むことができたという具合だ.サンクトゥスにおけるソロバイオリンは,書けなかった2曲目のバイオリン協奏曲の第2楽章に当たるという説もある.そう,このバイオリンはオーケストラのみならず,合唱も四重奏もすべてをバックとして,優しくしかも力強いメロディ〜〜ーを歌い上げる.コンチェルトでは達成できない演出なのだ.
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演奏は古く,帯域は広くないし空間的な広がりも大きくない.しかし,この音の密度はどうだ.演奏のせいだろうか,音でびっしり詰まっていて,まったく不足を感じない.たしかに,現代の技術でよい録音ができたらと残念ではあるが,この歴史的名演奏を録り直すことはできない.それが演奏の本質的な要素かもしれない〜
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初演当時、この作品は、おそらく相当型破りなミサだったに違いない。その圧倒的なスケール、革新的なオケストレーション、拡大された対位法、どれをとっても、それまで存在したミサとはまったく違うコンセプトを持っていたのだ。そんな作品だからこそ、クレンペラー盤のような型破りな演奏の方が似合うと僕は思う。最近のオリジナル楽器による演奏や、新全集盤による演奏なども良いと思うが、壮大なスケール感と、偉容を持ったクレンペラー盤の価値は、今なお不滅だ。